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アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.19

為末 大

為末 大

Deportare Partners代表

日比 昭道

日比 昭道

電通

為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。

為末大さん

──今回は「人は老いと、いかに向き合っていくべきなのか?」という、ややネガティブなテーマでお話を伺っています。アスリートにとって最大の敵は「老い」なのではないか?という仮説から、本テーマを設定させていただきました。昭和の大横綱が引退会見で口にした「体力の限界……」というセリフは、誰の心にも残っていますよね?もう、万感が押し寄せて言葉が出ない、みたいな。やり遂げた感もあるし、成し遂げられなかったくやしさもある。超一流のアスリートにしか、その本当の気持ちは分からないことだと思うのですが。

為末:確かに、そうですね。 

──老いに負けた、心が折れた、みたいな感情というのは、実際、どういうものなんでしょうか?どのように克服していけばいいのでしょうか?

為末:肉体的なことはどうしようもないですけど、日本の社会というものは「年相応であるべき」という社会通念に縛られ過ぎているような気がします。20代で起業したって、いいじゃないですか。70歳で、少女が描くような絵を発表したって、いいじゃないですか。まだ20代だから、と諦めているのも、もう70だからと諦めているのも、「老い」という意味では同じです。

世界的なファストフードの創業者が企業を立ち上げたのは、60を過ぎてからだ、という話を聞きました。スタートアップなどといわれると、20代、30代の若手がやることで、老いぼれた人間が関わってはいけない、みたいなイメージがありますよね?

──確かに。そんな、イメージです。

為末:でも、大事なことは「これまでのモデルをいかに捨てられるか」ということだと思うんです。そこに年齢は関係ない。もちろん、性別や国籍も。いままで正しいとされていたモデルにしがみついていると、人はどんどん老いていく。これは、アスリートとしても経営者としても、実感することですね。 

──「老い」というテーマからすると、われわれは年齢というものの呪縛にとらわれているのかもしれませんね?

為末:そうだと思います。 

──人生100年みたいなことが、急に言われ始めましたが、じゃあ、その100年の中の例えば僕でいうなら53歳をどう生きればいいのか?なんてことは前例がない。信長の時代は「人間50年」だった。ある意味、分かりやすいし、幸せともいえる。孫ができたくらいのタイミングでぽっくり逝ってたわけですから。さあ、そこからの50年、どう生きますか?という正解は、いまだに人類は手にしていない。

為末:ですよね。そこで大事になってくるのは、年齢を重ねることによって「なにができなくなったのか?」をくよくよ考えるのではなく、「なにができるのか、なにができるようになったのか」を考えるということだと思うんです。つまり、過去に目を向けるのではなく、今にフォーカスする。それが「老い」と付き合う、もっとも正しい姿勢だと僕は思います。

為末大さん

──老いと向き合う、ということでいうと、現役を引退するアスリートの心境というものは、どういうものなんでしょうか?

為末:正直、やりきったー!と満足して引退する選手など、わずかだと思います。誰もがもっとやれたはずだ、とか、あの場面での失敗がどうしても忘れられない、といった思いをもって引退する。でも、現役のときに頼っていた「瞬発力」とか「直感力」といったものとはちがう「やわらかな気持ち」になれたとき、ああ、この思いを誰かに、後輩に、伝えたい、という感情が湧いてくるんです。 

──実績を誇るとか、そういうことではなく?

為末:そうです。 100歳を超えると、人は「幸せの境地」に至るのだ、という話を聞いたことがあります。人口でいうと、100歳超えの人というのは、オリンピアンよりもはるかに少ない。つまり、超一流のアスリートですらたどり着けない「桃源郷」のようなところに身を置かれている、ということです。

──老いの、理想像ですね?

為末:そう。すべてのことに、穏やかな気持ちで向き合える、みたいな。僕はまだ43歳なので、その境地には至っていませんが、アスリートは若くしてそんな感情が芽生えるんです。勝ってやろう、こいつを倒してやろう、みたいな思いで競技に臨むのではなく、なんだろう、すてきな空気を届けたい、みたいな感情というか。

──なんとなく、分かる気がします。

為末:年齢とは関係なく、そんな境地にたどり着くために、人は努力を重ねているような気がします。(#20へつづく)

(聞き手:ウェブ電通報編集部)


アスリートブレーンズ プロデュースチーム 日比より

「老い」の第2弾。年齢を重ねることによって「なにができなくなったのか?」を考えるのではなく、「なにができるのか、なにができるようになったのか」を考えることが大事、というお話でした。

私からすると、トップアスリートのみなさんは、それぞれの競技で、日本のトップにたった経験のある人々なので、トップにたった経験=超成功体験の持ち主ですが、過去にとらわれないで、今に目を向けることが大事というお話でした。トップアスリートだから持ち得ている、客観的に自分を見る俯瞰視点の高さを感じます。冷静に俯瞰し、これからできることを考えることは、ビジネスパーソンにとっても大切なことではないでしょうか。

アスリートブレーンズプロデュースチーム 電通/日比昭道(3CRP)・白石幸平(事業共創局)

為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら

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為末 大

為末 大

Deportare Partners代表

元陸上選手。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者。現在は執筆活動、身体に関わるプロジェクトを行う。Youtube為末大学(Tamesue Academy)を運営。国連ユニタール親善大使。 主な著作に『Winning Alone』『走る哲学』『諦める力』など。45歳を迎える2023年、初めて文章執筆した本書『熟達論』を刊行する。 HP:https://www.deportarepartners.tokyo/ Twitter:@daijapan

日比 昭道

日比 昭道

電通

クリエイティブディレクターを務めつつ、ストラテジスト/ビジネスディベロッパー/ファシリテーター他、さまざまな肩書きをもつ。 ストラテジックプランニング局、営業局を経て、インターナルマーケティング、エクスペリエンスマーケティングなどの専門部署を経験。根っからのスポーツ好き。社会人アメフト・トップリーグの選手経験も。中小企業診断を士。 主な仕事:アスリートブレーンズ/電通バイタリティデザイン/BASE Qなど。

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