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ずいぶん長くなった電通生活で、とりわけクライアントの皆様にはいろいろなことを教えていただきました。中でも忘れられない方がお二人いらっしゃいます。

そのお一人が「牛乳に相談だ。」でお世話になった前田浩史さん。いまでも多様なテーマで相談に乗っていただくのですが、とにかく穏やかで、厳しく、そして格調が高い。「組織が自走するネットワーク型の運動を設計したいんです」と申し上げたら「山田さんはご存知かと思いますが、社会学者マーク・グラノヴェッタ―の『弱いつながりの強さ』から考察してみると……」と答えてくださる感じです。

その前田さんが「日本酪農産業史 歴史と地域から学ぶ」を上梓されました。長年酪農乳業界に身を置かれる中で培われた知識と経験が詰め込まれたこの大著には、実に多くの側面があるのですが、きょうはその中から二つ、ご紹介しましょう。

 

一つ目は「ちょっと披露したくなるうんちく集」という側面です。この本をネタ元としていくつかクイズをつくりました。文末に答えがありますので、挑戦してみてください。

Q1:人類とミルクの付き合いは、いつごろ始まったでしょう?
A :9000年前 B:3000年前 C:100年前

Q2:日本初の外国人向けホテルは「築地ホテル」(東京都中央区)ですが、そこで提供された牛乳はどこから調達していたでしょう?
A :外国から B:東北から C:近所から

Q3:かつて牛乳は「瓶」容器がメジャーでしたが、1970年代前半から紙パックが主流になりました。そこには時代の変化に伴う、ある大きな事情がありました。それは何でしょう?
A :品質の事情 B:流通の事情 C:家庭の事情

そしてもう一つが「ビジネスの動態を体感できる物語」としての側面です。ある産業や企業が存続するためには社会環境、競合状況、あるいは生活者との関係などなど、日々生じるさまざまな不均衡を克服し続けなければなりません。

「そこにあるのが当然」と思われがちな牛乳・乳製品についても、それは同様です。誰もが知っている食材をテーマに、歴史を通じて、当事者がどのように危機を乗り越えてきたか。そのダイナミクス(動態)を豊富なエピソードで伝えてくれます。

本書は二部構成で、前半は産業全体の歴史を扱っていますが、特にビジネスの動態を生々しく体感できるのは後半の、地域乳業6社の事例分析でした。

たとえばYUDAミルク(旧湯田牛乳公社 ・岩手県)は周囲を1000メートル級の奥羽山脈に囲まれた、豪雪地帯の山村にある企業です。そのような立地にありながら、盛岡市という競争の激しい都市部で大手企業に勝てる品質を提供するために取り組んだ「低温殺菌」だったり、牛乳事業に依存した結果陥った経営危機を脱するための「もっちりスッキリ」という独自の味わいを持つプレミアムヨーグルト開発だったり、常に逆境をバネに多くの挑戦をしてきました。その結果、現在では売上利益率も10%程度の高収益構造を実現しているといいます。

「動態」とは単に目まぐるしく変わる環境の変化のことではありません。それを見て見ぬふり、静観しているだけでは何も起きませんから。そうではなく、その変わり続ける環境に主体的に働きかけ続ける「関係性の移ろい」こそが「動態」です。そういった「実践」の積み重ねというイノベーションの本質を、各社の事例からしっかり体感することができます。

と、同時に、そういった数々の「成功」を手放しで称賛することなく、「これもまた、歴史という動態の一ページに過ぎない」とばかりに淡々と描く冷静な筆致に、前田さんらしい「厳しさ」も感じられるのでした。

「日本酪農産業史 歴史と地域から学ぶ」の著者・前田浩史氏

 

酪農乳業関係者やミルクファンはもちろん、新しい価値をつくろうと挑戦しているすべての人にオススメしたい一冊です。

さて、先ほどのクイズの「答え」です。

A1  A: 9000年前
中東の「肥沃な三日月地帯」の一部とその周辺で、草食性哺乳類の乳利用が考古学的に確認されているそうです。ちなみにそれが巡り巡って日本に伝来するのは7世紀中頃のこと。

A2 C:近所から
1869(明治2)年、近代化に貢献する「お雇い外国人」のために建設されたのが「築地ホテル」。そしてそのすぐそばに「築地牛馬会社」という、いわば牧場を開設し、乳や肉を調達したそうです。

A3 B:流通の事情
以前の牛乳販売は「宅配」が主流でしたが、急速に成長するスーパーマーケットでの牛乳販売に対応するためには(回収不要な)「ワンウェイ容器化」が必要でした。それで生まれた紙パックは、当初は500ml以上の家庭用を中心に、次第に小容量でも普及したそうです。

いかがでしたか?

 

そうそう。「プレミアム湯田ヨーグルト」は有名なので、きっと召し上がったことがある方も多いと思います。口に 含んだ瞬間、超濃厚なうまみが広がるにも関わらず、いつの間にか魔法のようにスッと消えていくあの感覚を未体験の方は、ぜひお試しください。「築地ホテル」跡地からも近い「いわて銀河プラザ」や通販サイトでも購入できるようです。
 
どうぞ、召し上がれ!

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著者

山田 壮夫

山田 壮夫

株式会社 電通

明治学院大学 非常勤講師(経営学) 「コンセプトの品質管理」という技術を核として、広告キャンペーンやテレビ番組製作はもちろん、新規商品・事業の開発から既存事業や組織の活性化といった経営課題に至るまで、クライアントに「棲み込む」独自のスタイルで対応している。コンサルティングサービス「Indwelling Creators」主宰。2009年カンヌ国際広告祭(メディア部門)審査員等。受賞多数。著書「〈アイデア〉の教科書 電通式ぐるぐる思考」、「コンセプトのつくり方 たとえば商品開発にも役立つ電通の発想法」(ともに朝日新聞出版)は海外(英語・タイ語・前者は韓国語も)で翻訳・出版 されている。

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