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公開日: 2023/05/30

企業の「パーパス」を社員に浸透させるために。哲学対話というアプローチが果たす役割とは?(後編)

企業価値の向上や社員の意欲喚起に役立つ「マイパーパス」。その策定を手助けするため、東京大学 共生のための国際哲学研究センター(UTCP)上廣共生寄付講座 特任研究員の堀越耀介氏株式会社 電通は共同で、「哲学対話」を用いた、「マイパーパス策定プログラム」の提供をスタートしました。

哲学対話の実践者でもあるUTCPの堀越耀介氏と、プログラム開発を推進した電通の中町直太氏のインタビューの前編では、プログラム立ち上げの経緯とサービスの概要を紹介しました。後編となる今回は、このプログラムによって生まれるブランディングの変化や、哲学対話の活用についての今後の展望などを紹介します。

哲学研究者×電通によって企業ブランディングは変化する

Q.前編でお話いただいたように、哲学対話という手法で社会への哲学の実践を試みている堀越先生の取り組みと、企業ブランディングの手法を模索していた中町さんの出会いが、今回のプログラムがスタートするきっかけでしたね。とはいえ、東京大学の哲学の研究者と電通がタッグを組むことに、かなり意外な印象を持たれることも多いと思うのですが、この2者のタッグだからこその強みとはどのようなものだとお考えでしょうか?

堀越:私のような研究者側としては、企業のニーズに対する的確な理解の下に、プログラムを作ることができるというメリットが大きいです。やはり研究者側の視点だけでは、企業が一番求めている部分を把握しきれない面もあります。その点、電通さんは数多くの企業のパーパス策定やブランティングに関わってこられた知見があるので、企業の課題意識やニーズに対する解像度がとても高いと感じました。私たちが持っている哲学対話という手法を、必要とする企業に合わせて、電通さんにカスタマイズしてもらうことで、より有用なプログラムを作り上げることができると思います。

東京大学 堀越 耀介氏

中町:ビジネスの現場では、例えば「従業員エンゲージメント」とか「カスタマーエクスペリエンス」のような、現在大きなイシューとなっているような言葉を、その意味を深掘りしないままに飲み込んでしまう、ということが起きがちです。それによって、お互いに明確な合意を取らないままフワッとした理解で進めてしまう。しかし、哲学対話はそうした曖昧な状況を生みません。「〜とは何か?」「〜すべきか?」と本質を問い直したり、「本当にそうか?」「なぜそうなのか?」と前提・理由を問い直したりと、徹底的に突き詰めていく。少し面倒でも、時間がかかっても、全員で考えていくという過程を重要視しています。

哲学は自分で問いを導き出し、その問いについて考えていくことで、自分なりの答えに辿り着くのです。自分で自分の問いを立てること、そこに一番エネルギーを使います。

哲学対話の活用で、人や組織の可能性が広がる

Q.このプログラムをリリースしてから、どのような反響がありましたか。

中町:2023年の3月にリリースしたばかりなので、現在は、パーパス策定のお手伝いをしているクライアント企業やパーパスの浸透に悩んでいる方に、こういったソリューションがあります、とご案内している段階です。

パーパスの浸透に悩んでいる企業は、最初からマイパーパスに落とし込みたいと考えているわけではなく、何か良い方法がないかと考えているのですが、このプログラムを紹介すると「確かに、社員にパーパスを覚えてほしいわけではなく、自分の言葉に翻訳して実践してもらうことがパーパス策定の意味なんだ」と理解してくださることが多くあります。そこで「マイパーパスを中心に置いた、パーパス浸透のためのインターナルコミュニケーション施策を設計しましょう」というご提案に共感していただけるケースが増えてきていますね。

また、「哲学」という切り口も好感触です。ご提案を重ねる中で、意外と哲学好きな人が多いんだな、ということに気が付きました。大学時代に専攻をしていたり、好きな哲学者がいたり。哲学がフックになって、パーパスやマイパーパスについて軸のある議論ができるようになってきたというのが、リリース後の大きな手応えです。

株式会社 電通 中町 直太氏

堀越:哲学を生かしたプログラムをやりたいと考える企業の中には、若手から会社を変えてほしいという気概を持っている人も多いように思います。哲学的な問いであれば、企業内でのキャリアの年数は関係がありませんから、ベテラン社員と入社1、2年目の若手社員とでも、フラットに話し合うことができます。若手社員の柔軟な思考から「今のパーパスを変えよう」という展開も起こるかもしれませんね。そうした時は、恐れずに変化をしていってほしいと思います。社内で開かれた対話ができる土壌を作り上げることは、企業の中長期的な成長にも役立つはずですから。

Q.企業の活動のゴールはパーパスの達成になりますが、一方で短期的な利益確保も、活動し続けていくには重要です。場合によっては、この両者がなかなか両立しない、といった課題を感じているビジネスパーソンも多いと思います。そういった壁にぶつかりがちな読者に向けて、堀越さんからアドバイスはありますか?

堀越:まずは、「問い」を大切にしてほしいと思います。「これがあるとどうなるだろう」「そもそもこれってどういう意義があるんだろう」という問いによって、新しい動きや力が生まれます。そうすることで、組織全体が少しずつ変わっていくわけです。組織というのは、社会や価値観の変化、インプットやアウトプットによって変容していくべきもの。その循環を円滑にするのが問いであり、哲学なのです。

先ほどお話したように、パーパスだって絶対的なものではありません。状況に応じて変えていけばいいんです。「問い」をフックに社員と対話して、組織の風通しが良くなることで、クリエーティブな価値や仕事が生まれるのだと思います。

Q.ありがとうございます。「問い」で組織を動かす、とてもいいですね。では最後に、「哲学対話」を活用した「マイパーパス策定プログラム」は、どのようなクライアントの手助けとなるサービスなのかをお話いただけますか?

中町:まずはソリューションの趣旨通り、さまざまな課題を抱える企業への提供を想定しています。現在多くの企業が、従業員エンゲージメントの低下や世代による価値観の分断、部署を横断した情報共有の難しさ、上層部が策定したパーパスやビジョン、ミッションへの理解が浸透しない、といった課題を抱えています。それらは、変革が激しい社会状況の反作用として生じていることが多い。そこに、上司と部下でもいいですし、部署内の社員同士でもいいので、本質を追究する哲学的な対話を取り入れることで、一石を投じることができると考えています。パーパスの策定やマイパーパスへの落とし込みは一例ですから、さまざまな課題に対応できるという自信があります。

堀越:個人にしても組織にしても、さらには社会にしても、何かが停滞する原因の1つに、本質を見落としているという問題が考えられます。哲学対話を核として、目的別にさまざまなプログラムを立てることで、より幅広い課題解決に結び付けていきたいですね。

 


 

これからの企業ブランディングにおいて、哲学対話やそこから生まれる問いは、人や組織の可能性を大きく広げるアプローチの1つとして、非常に興味深いものであることが分かりました。企業だけでなく、自治体や教育機関でも、哲学対話を活用したマイパーパスの策定や研修は、個人や組織の意識の変革、能力の向上に役立つことが期待されます。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

堀越 耀介

堀越 耀介

哲学/教育学研究者 博士(教育学)

東京大学UTCP上廣共生哲学講座 特任研究員/独立行政法人日本学術振興会 特別研究員(PD)。東京大学教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、哲学プラクティス。実践者としては、学校教育や自治体・公共施設、企業・社員研修でも、哲学対話・哲学コンサルティングを行う。著書に『哲学はこう使う――哲学思考入門』(実業之日本社)、「哲学で開業する:哲学プラクティスが拓く哲学と仕事の閾」(『現代思想』(青土社)2022年8月号)などがある。

中町 直太

中町 直太

株式会社 電通

入社後、マーケティングプロモーション局、営業局を経て、現在は第4マーケティング局でコーポレートブランドコンサルティング/広報コンサルティングを専門とする。コーポレートブランドコンサルティング領域では、さまざまな業種の数万人規模の大企業やスタートアップ企業などを幅広く支援。特に、インターナルコミュニケーションによる企業文化変革支援が得意分野。またPR領域では、放送局のディレクターとしてテレビ番組の制作、そしてグループ会社設立時の広報体制立ち上げを経験。クライアントワークにおいては自治体の新条例の成立支援や、国際的なビッグイベントの広報戦略立案など、大型プロジェクトの経験も豊富。

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