データドリブンなマーケティングでクライアントを支えるべく、新時代のモデル「Marketing For Growth」を掲げる電通。
これまでさまざまな形で「PR」に携わってきたメンバーが、統合プランニングやマーケティングに「PR発想」をプラスするためのバーチャル組織「PRUS(プラス)」を発足させました。本連載では、PRUSメンバーが、まだまだ誤解されがちなPRの本質と、それがなぜ今あらゆる企業活動に必要なのかをひもといていきます。
今回のゲストは、「たのしいさわぎをおこしたい」をスローガンに、PR発想を軸としたコミュニケーションで社会課題にも向き合うPR・コミュニケーショングループ、サニーサイドアップ取締役の松本理永(まつもと・りえ)氏。
電通 第6マーケティング局の藤田悠斗氏と姜婉清(きょう・えんせい)氏が、PRの本質から企業発信の現在地、“巻き込み力”の設計まで、じっくりとお話を伺いました。

左から、藤田悠斗氏(電通 第6マーケティング局)、松本理永氏(サニーサイドアップ取締役/公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会 副理事長)、姜婉清氏(電通 第6マーケティング局)
PRの本質とは?
姜:今回は「マーケティングにPR発想をプラスするには?」というテーマで、サニーサイドアップの松本理永さんにお話を伺います。初めに、松本さんの自己紹介をお願いできますか。
松本:私は高校時代、グループ代表を務める次原悦子と同級生でした。私がサニーサイドアップに関わるようになったきっかけは、次原が母親と一緒にやっていた仕事を「人手が足りないから一緒にやってほしい」と声をかけられたことでした。
気づけばそれから40年以上。アスリートのマネジメント、企業の広報・PR支援、自社事業の展開、そして社会課題の解決まで、活動のフィールドは多岐にわたってきました。現在は取締役として経営を担う立場にありますが、今でも現場に足を運び、クライアントワークを続けています。2024年からは、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会 副理事長も務めています。
姜:前回は、マーケティング定義の改訂が記事のテーマでした。今回はその続きとしてPRの本質について、松本さんに伺いたいと思います。
松本:これまでは、広告や広報、マーケティングなど、それぞれの領域に携わる人が「自分たちの言語」でそれぞれのPRの定義を語っていたと思うんです。
でも本質を突き詰めていくと、世の中と良い関係性を築くことや、より良い社会の実現を目指すことなど、目的はみんな同じです。今ようやく、その共通の目的が共通の言葉で語られるようになってきたのは、PR業界としても歓迎すべきことだと感じています。
姜:まさに、共通言語になりつつあるという感覚、すごくよく分かります。
松本:一方で、近年はPRという言葉が先に立つことで、かえって誤解を生むケースもあります。2年前に消費者庁が広告や宣伝に「PR」表記を義務付けることを発表したとき、日本パブリックリレーションズ協会は反対の立場を取りました。
なぜなら、パブリックリレーションズ(PR)がプロモーションと同じものとして扱われる危険性があるからです。しかし、アンケート調査でも、生活者の多くが「PR=宣伝」と捉えていた現実があり、結果的にそれが制度にも反映されました。これが今のPRを取り巻く社会的な認識の現状です。
藤田:確かに、企業の中ではPRの視点が広く浸透してきたと感じますが、社会全体ではまだ「プロモーションの一形態」として見られてしまっているところがありますよね。
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松本:そもそもPRとは、企業や団体、個人が社会や顧客、メディアなどとの関係を良好に保ち、信頼や理解を得るための活動です。つまり、「世の中との対話」。広告や店頭での表現も含めて、すべてが「社会との接点」であり、そこでどのようにふるまうのかがPRの本質なのです。そして、企業という存在が社会の公器であるならば、PRの視点は経営の中心にあるべきものだと思います。
姜:私も入社当初、「PRの仕事をしたい」と思ったときに、どの部署で何が行われているのか見えづらくて戸惑いました。でも今は、PRは一部の人だけが扱う専門領域ではなく、あらゆる企業活動の根幹に必要な視点だと実感しています。
特に社会課題の解決においては、PR発想の重要性を日々感じています。たとえばLGBTQ+(※)の課題に関心があっても、いざ周囲に伝えようとすると、どこか“正解”を押し付けているような距離感が出てしまう。でも本当は、伝える側と受け取る側の間に自然な接点が生まれることが理想だと思うんです。伝え方の設計次第で、生活者が楽しい体験をしているうちに社会課題に関心を持つ。そんな状況を作れたらと、いつも模索しています。
松本:それが理想ですよね。私たちは2005年に、「ホワイトバンドプロジェクト」という世界の貧困撲滅を目的としたアドボカシー活動に取り組みました。3秒に1人、貧困によって命を落とす子どもがいるという事実を広く知ってもらい、改善に向けて一人一人が声をあげようという国際的な啓発キャンペーンです。
このプロジェクトを日本で展開するきっかけになったのが、海外で制作された一本のモノクロ映像、「クリッキングフィルム」でした。世界的なセレブリティたちが登場し、3秒ごとに指を鳴らすことで「3秒に1人、命が失われている」という現実を表現する、非常にスタイリッシュで印象的な映像でした。
代表の次原がこの映像をウェブで目にし、強く感銘を受けて「日本でもこの取り組みを広めたい」と自ら声を上げて日本版映像を制作し、国内でも大きな反響を呼びました。このように、「なんだろう、これ?」「ちょっとかっこいい」と感じた人が思わず手を伸ばしたくなるような入り口を作ることが、当時からとても重要だと考えていました。
※セクシュアルマイノリティ(性的少数者・性的マイノリティ)を表す総称の一つ。Lesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシュアル)、Transgender(トランスジェンダー)、Queer(クィア)やQuestioning(クエスチョニング)の頭文字をとった言葉。「+」は、「L・G・B・T・Q」に当てはまらない多様な性を表現している。
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「良いもの」だけでは選ばれない時代
姜:最近、企業の情報発信を見ていると「社会のために良いことをしている」といった表現が減っているように感じるんです。それは、社会にとって良い取り組みをしていることが、すでに前提になってきているからなのかなと。企業の「当たり前」のレベルが変わってきたように思うのですが、松本さんは実際にさまざまな企業と関わる中で、こうした変化を感じられることはありますか?
松本:確かに、情報発信の質は大きく変わってきていると感じます。もともと企業って、良いものを作り続けてきた存在だと思うんですよね。その「良いもの」は、間違いなく誰かの役に立っていたはずなんです。でも今は、それだけでは足りなくなってきている。
たとえば、「なぜこの会社が、その“誰かのために役立つもの”を作り続けていくのか」。その理由や存在意義のようなところまで、社会は企業に対して知りたいと思うようになってきているし、企業側もそこを語るようになってきていると思います。
藤田:なるほど、単なる「良い商品の紹介」から、「企業としての意志や姿勢」の伝達へと、発信の深度が変わってきているんですね。
松本:その変化は、広告やクリエイティブの表現にも表れていると感じます。今は広告の中でも丁寧に背景や意義を伝えようとするクリエイティブが増えてきていますよね。
姜:企業が発信する内容の「語り口」が、PR視点に近づいてきているのかもしれませんね。
松本:そう思います。商品のスペックやキャンペーン情報だけではなく、企業がなぜこの事業に取り組んでいるのか、その根っこにある価値観や思いまでを丁寧に伝えていくことが、あらゆる発信の中で求められている。そういう意味でも、企業全体の「語り方」がPR的になってきていると感じますね。
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「この指とまれ」から生まれる「巻き込み力」
藤田:ここからは、PRにおける「巻き込み力」について考えてみたいと思います。先ほど松本さんから、「ホワイトバンドプロジェクト」のように「かっこいい」「なんだろう」を入り口にして、結果的に社会課題への関与につながるPRの話がありました。近年では、SDGsが広く浸透し、多くの企業が何らかのかたちで社会課題への取り組みを掲げるようになりましたが、その取り組みが“自分ごと”として広がるかどうかは、やはりその「巻き込み力」にかかっていると感じています。
社会課題への理解や共感が高まっているとはいえ、それを一部の人たちだけのものにしないためには、どうやって多くの人を巻き込むか、つまり“入り口の設計”がますます重要になってきていると思います。社会を、そしてまずは自分の身のまわりからどう巻き込んでいけるのか。そのあたり、松本さんはどうお考えですか?
松本:よくPRの世界で言われるのが、「この指とまれ」という考え方です。大事なのは、その“指”を誰がどう差し出すか。たとえば私たちがコンテンツパートナーとしてご一緒している、「福祉×アート×ビジネス」をテーマに事業を展開するヘラルボニーは、その“指の差し出し方”がとても自然で、開かれているんです。
彼らは、障害がある人々のアート作品のデータをライセンスとして管理し、価値あるアートとして世の中に広めていく活動をしていますが、その起点は「異彩を、放て。」というミッションにあります。そこに共感した企業が、障害者支援という直接的な文脈ではなく、アートの価値に反応し、企業のパーパスと重ね合わせながら参画している。その広がり方がとても理想的だなと思います。
姜:ヘラルボニーさんの取り組みは「障害者アート」という枠組みを超えて、アートの魅力や思想を軸に広がっている印象があります。
松本:そうなんです。「障害者の支援をしたい」という動機で始まるわけではなく、「この世界観に共感する」「自社らしく関われる」と感じてもらえるからこそ、人が集まってくる。企業間の競合や業界の分断すら超えて、「アートに壁はないよね」と言える空気感がそこにはあるんです。そうした開かれた構造が、結果的に巻き込みの連鎖を生んでいます。
藤田:まさに「共創」の実践ですね。詳しくは前回記事を見ていただきたいのですが、日本マーケティング協会が定義を改訂した際、「ステークホルダーとの関係性」や「持続可能性」とともに「共創」を想起される表現が強く打ち出されていたのも象徴的だと思います。PRでよく言われる「ステークホルダーとの関係構築」も、単に「利害関係者との関係を作る」という意味ではなく、「どう仲間になってもらうか」という視点がより重要になってきていると感じます。
松本:おっしゃる通りです。PRの文脈におけるステークホルダーは、本当に「関係するすべての人たち」なんです。私自身、もともとPRは「戦う」ためのものではないと考えていたので、戦略ではなく「共創」という考え方に共感します。
姜:戦いではなく、つながりや共創の視点で関係性を築くという考え方、まさに今の社会や企業が求めているPRのあり方そのものだと感じます。
松本:そうですね。たとえば機能性食品のような分野でも、その機能が社会全体にとって価値のあるものだとしたら、きっかけさえあれば企業、研究者、消費者などさまざまな立場の人を巻き込める可能性があります。そこで大切になるのが「みんなで良くなりたい」というオープンマインドです。世の中のあらゆるモノやサービスがコモディティ化していく中で、機能だけでは差別化が難しい時代になってきていますよね。だからこそ、「この価値をみんなで広げていこう」とオープンに呼びかける姿勢が共感を生み、結果的に選ばれる理由にもなる。その視点が、これからのPRにはますます求められていくと感じます。
藤田:なるほど。分断や壁を乗り越えて共創するための“巻き込み力”について、引き続きお話を伺いたいと思います。(後編に続く)