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持続可能で豊かな社会を目指すため、国や自治体、企業などのESG(Environment=環境、Social=社会、Governance=ガバナンス)への取り組みが、近年、強く求められるようになってきました。特に企業では、市場評価への影響もあり、中長期的な企業成長においてESG経営は欠かせない要素となっています。

しかし、一口にESG経営といっても対象となる項目は膨大で、その選択は非常に難しいものです。そうした中、ESG経営の効果を分析し、可視化しようという試みが進められています。

共同で研究に取り組むのは、株式会社電通国際情報サービス(以下: ISID)オープンイノベーションラボ(以下:イノラボ)と株式会社アイティアイディ(以下:ITID)。今回はイノラボ所長の坂井邦治氏、シニアコンサルタントの松山普一氏、取材当時ITID R&CDユニット ユニットディレクターを務めていた蟹江淳氏にインタビューしました。前編では、各社の取り組みや、ESG経営の分析を始めた経緯をご紹介します。

クライアント企業との関わりから、より的確で効果的なESG経営の研究をスタート

Q.最初に、皆さんの所属されているイノラボとITIDについて、それぞれご紹介いただけますか。

坂井:私が所長を務めるイノラボは、オープンイノベーションと名前がついている通り、社内だけでなく、企業や自治体、大学などさまざまな外部パートナーと共に活動をしてきました。活動の中心は、ESGなど公共性の高い社会課題の解決です。既存の事業部門ではなかなかイノベーションに取り組めないような課題に、積極的に挑んでいます。

株式会社電通国際情報サービス 坂井 邦治氏

松山:私はイノラボで坂井のもと、研究活動を行っています。もともと国内外の学術研究機関で経済学や統計学の研究を行っていました。そのため、イノラボでも経済学とデータ分析のスキルを用いて、社会課題の解決に取り組んでいます。量子コンピューターを使った数理最適化など、数理的な研究開発が主な担当ですね。

株式会社電通国際情報サービス 松山 普一氏

蟹江:ITIDでは魅力的な商品の創出や業務プロセスの効率化、人材育成といった企業の経営課題に取り組んでおり、私は研究開発部門でユニットディレクターとして、提供するソリューションに対する論理的な裏付けなどを行う役割をしています。

 

Q.企業のシステム開発やコンサルティングのための研究開発をされていた皆さんが、どうしてESGに注目されたのでしょうか?

坂井:イノラボでは、企業の業務を支えるシステムづくりを通して、さまざまなクライアント企業さまの動向を注視していました。その中で、近年サスティナビリティや社会貢献への関心が高まる一方、自分たちの既存事業の中からでは、そのトレンドに対して有効な解決策が出せていないと感じていました。そんな中で、例えば「CO2削減や人的資本の活用といったESGの取り組みは、実際問題として企業の業績に対してどのような効果があるのか?」という素朴なクエスチョンが生まれたのです。

そうした因果関係の分析に私たちが得意なAIが役立つのではないかと考えました。具体的な分析データがあれば、クライアント企業さまにESG経営のヒントを提供できます。それならぜひやってみようということになり、研究・開発が始まりました。

蟹江:当社の研究開発部門では、ESGが大きなトレンドになっていくに従い、ESG関連の取り組みも2021年くらいから徐々に増えてきました。

そうした中で、企業が社会的評価を高めるために、実態が伴っていないにもかかわらずESGに取り組んでいるように見せかける、あるいはより良く見えるようにPRする、いわゆる「ESGウォッシュ」の問題が大きく取り上げられるようになってきたんです。そういう問題が起きるほど、ESGは既に社会的に大きな影響力があるものなのだなと感じ、本格的にESGへの取り組みを始めたという背景があります。

株式会社アイティアイディ 蟹江 淳氏

坂井:ESG研究というのは、既に先行しているものがありました。例えばESGの価値を企業価値につなげる方法論である「柳モデル」(大手製薬会社のCFOなどを務めた早稲田大学大学院客員教授によるESG価値の定量化)などが有名ですね。そういった既存の分析手法をベースにしながらも、私たちの持つAIを活用したデータ分析によって、より汎用的に用いられるものを開発できないか、と考えました。

AI技術を活用し、ESG経営に関連する膨大なデータと複雑な因果関係を読み解く挑戦

Q.企業経営におけるESGの影響を可視化するという取り組みですが、具体的にはどのように進められたのですか?

松山:この取り組みに用いたのはCALC(カルク)(※)というツールです。CALCは、独自の理論とメソッド、アルゴリズムを用いて、大規模で多様なデータから高精度な因果モデルを推測することができるAI技術。従来の解析手法では推定することが難しかったデータ内のさまざまな関係因子の相関が、CALCを用いることで明確になります。

私たちは、今回の取り組みを始める前、2018年からビジネスの施策支援にCALCを活用していました。例えば、「従業員満足度の改善施策を検討したい」という課題があるとします。改善できる要素には「ボーナス」、「有給取得率」、「役職」、「残業時間」、「業務内容」など、非常に多くの候補があるため、経営者としてはどこに手をつければ良いのか分かりません。そこでCALCを用いてまず「従業員満足度」と因果の強い要素を分析した結果、「残業時間」と「有給取得率」との関係が深いことが判明。さらにCALCで数値シミュレーションを行うと、「残業時間を30時間減らすと、従業員満足度が25%向上しそうだ」という予測を立てることができるのです。こうしたCALCを使った分析手法を、ESGにも当てはめていこうと考えました。

Q.共同研究はどのように始まったのでしょうか。

蟹江:ESGの取り組みをクライアント企業さまに広めていくことが求められる一方で、いろんなハードルも存在します。一般的にESGの取り組みは、短期の財務にはネガティブに働きがちなものが多く、企業にとっては着手しにくいものです。そこでもし、財務にも効果が出るようなESGの活動テーマを提示することができれば、クライアント企業さまの背中を後押しできるのではないかと考えました。「他社の先行事例を紹介する」という方法もありますが、個社固有の事情が大きく影響しているため、必ずしも有効性が高くありません。

そこで、データ分析から汎用解を導き出すというチャレンジを開始しました。ただ、そのためには非常に膨大なデータや複雑な因果関係を分析する必要があります。私は以前から、ISIDのCALCを知っていたので、ぜひ協力しませんかとお互いに声を掛け合う形で、共同研究を始めたのです。

 


 

近年、多くの企業にとってESGは重要な課題となっていますが、業績にどのように貢献するのか、自社の取り組みは本当に成果につながっているのか、因果関係が見えづらいという面がありました。AIを用いてそうした因果関係を可視化しようとする新しい挑戦は、従来の課題を解決し、企業のESGに対する取り組みをさらに深化させるカギとなるのではないでしょうか。後編では、その成果について、詳しく聞いていきます。

※CALCはソニーグループ株式会社の登録商標です。
※CALCは株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所が開発した技術です。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

松山 普一

松山 普一

株式会社 電通国際情報サービス(ISID)

国内・国外の学術研究機関で経済学・統計学の研究者としてキャリアをスタートして2018年より現職。経済学とデータ分析のスキルを用いて、社会課題の解決のために研究開発に従事。近年は非財務データと財務データとの間の関係性の把握と、量子コンピューターを用いた数理最適化に興味があり、データやコードの海に溺れながら日々を過ごしている。

蟹江 淳

蟹江 淳

株式会社 電通総研

製造業/出版業/飲食チェーンなどのさまざまな業界における戦略立案/業務変革・BPR (ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の経験が豊富である一方で、タレントマネジメント、組織活性化など、人・組織に関わる問題の解決にも幅広く携わる。事業を価値創出プロセスと人・組織の両面から変革し、顧客の価値提供力向上を支援。近年はサステナビリティ経営の高度化や経済安全保障、サイバーセキュリティ といったテーマへの取り組みを強化している。

坂井 邦治

坂井 邦治

株式会社電通国際情報サービス

自動車業界の先進技術開発を支援するデジタルビジネスの企画責任者を経て、2022年よりオープンイノベーションラボ所長を務める。全社横断のR&D部署において、先端テクノロジーを実装した社会実証や、業種・業界を超えたオープンイノベーションによる新たな価値創造、社会課題の解決を起点とした新規事業の育成に取り組む。2023年より現職。

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