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国内最大規模のイベント・スペース専門会社である電通ライブ。リアル、バーチャルを問わずさまざまなイベントを企画・運営し、空間デザインも手掛けています。

本連載でお伝えするのは、電通ライブの「体験デザインを活用したビジネス変革(BX)」。現状では「プロモーション」として位置づけられがちなイベント事業を、BXのアプローチの一つとして捉え、活用していく可能性を探ります。

記事では毎回、高い専門性を有する電通ライブのメンバーが登場。ビジネスにおける「イベント」の新しい可能性について、事例を交えながらお伝えします。

今回は、ネクストビジネス開発部の永川裕樹氏。イベント・スペースを「一時的なプロモーション」ではなく、経済的価値と社会的価値を同時に創出する場にする、電通ライブの体験設計について、熊本県の「亀の井ホテル 阿蘇」に、2025年10月にオープンした「キッズパークASONIWA(以下、ASONIWA)」を事例に挙げてお話しいただきました。

ゴールは空間をつくることではなく、「感動体験」を起点にした課題解決

──初めに自己紹介をお願いします。

永川:2015年に電通テック(現・電通ライブ)に入社しました。当時はスペース領域の専門職を募集していて、私は大学・大学院で建築を学んでいたため、そのバックグラウンドを起点にキャリアをスタートしました。

入社してから昨年ごろまで、スペース領域の業務に継続して関わってきました。大型イベントの展示会をはじめ、テレビCM撮影と連動したイベント、街全体を使ったプロジェクトなど、いわゆる「場づくり」の対象はかなり幅広く経験させてもらいました。加えて、ショールームや飲食店、ギャラリーの設計・制作など、常設空間の開発も担当してきました。

──イベントと常設の両方を、かなり広いレンジで手掛けてきたんですね。具体的なプロジェクトでいうと、どのようなものがありますか。

永川:例えば、都内にある「ITOCHU SDGs STUDIO」という施設の開発では、施設全体の立ち上げ段階から参画しました。SDGsの重要性を生活者にどう伝えるか、という大きな設計思想がまずあって、その入り口として「食」や「遊び」というテーマをどう位置づけるか、電通のクリエイティブチームと一緒に検討しました。その上で、コンセプトを空間としてどう具現化するか、デザインから施工まで含めて、空間プロデューサーとして関わりました。

港区にある「ITOCHU SDGs STUDIO」。来訪者が、自分に合ったSDGsとの関わり方を考えられる場所。(右上から時計回りに)「大人がこどもになってみたら?」をコンセプトに、楽しみながらこどもの気持ちを考えることができるカフェ。こどもたちが、それぞれのSDGsとの関わり方に出合える「KIDS PARK」。食からSDGsを考える「星のキッチン」。SDGs関連の展示・イベントが行われるギャラリー。


──電通ライブのスペース事業ならではの特徴を教えてください。

永川:ディスプレー業界では、「箱=空間そのものをどうつくるか」を主軸に設計するのが一般的なのに対して、電通ライブは「箱をどう使い、そこで何を起こすか」から逆算して考える傾向が強いことです。運営チームと連携しながら体験設計を組み立てたり、コンテンツそのものを自分たちでつくったり。電通チームと連携することもあります。「空間の設計」だけではなく、「体験の設計」まで含めて企画するところが特徴的です。

私たちの目的はイベント・スペースをつくることそのものではありません。極端に言えば、私たちがつくりたいのは「リアルな感動体験」です。五感に訴えかける体験を通じて、クライアントのブランドと生活者の関係性をつくる。その結果としてアウトプットがイベントになったり、スペースになったりする。イベントや空間設計はゴールではなく、課題解決の手段として位置づけています。

一般的には、企業側が課題を整理して「この目的をかなえるための場をつくりたい」と提示し、それを具体化するのが制作側の役割になりがちです。一方で電通ライブは、「そもそも課題をどう定義し、どう解くのがよいか」から一緒に考えることが多いです。


阿蘇を知り、好きになる、体験型キッズパーク

──では「ASONIWA」についてお聞きします。まずは、どんな施設で、どんな体験ができるのか、概要から教えてください。

永川:亀の井ホテル 阿蘇にある、0〜12歳向けの体験型キッズパークで、宿泊者の方に無料で使っていただける施設です。特徴は、単に遊べる場所というより、阿蘇の自然や文化を「遊びながら学べる体験」を、空間全体で設計しているところです。


──「遊びながら学べる」というのは、具体的にどういうことなんでしょう?

永川:象徴的なのが「ASO PHONE」というコンテンツです。電話の親機がスタートになっていて、受話器を取るとミッションが届きます。そこから空間内に点在する子機や遊具に移動して、ボタンを押す、ブロックで文字をそろえる、ボールを転がす、といった遊びの動作でミッションを進めます。

ミッションをクリアすると、最後に、「ひみつのことば」として阿蘇にちなんだキーワードが手に入ります。最後に親機へ戻ってそのキーワードを伝えると、解説が返ってきます。カルデラの成り立ちや野焼き、湧き水、星空、生き物のことなど、阿蘇ならではの題材を、子ども向けの言葉に翻訳して体験に落とし込んでいます。

また、ミッションを終えると親機から、キーワードの解説が書かれたレシートが出てきます。今日知ったことが残るだけでなく、キーワードに関連する阿蘇周辺のスポットも紹介されていて、ホテルの外の体験へも自然につながるようにしています。


──ホテルの中だけで完結せず、阿蘇全体の体験へ橋渡しする設計になっているんですね。そもそもこのプロジェクトはどのようにして始まったのでしょうか?

永川:亀の井ホテル 阿蘇は、運営会社であるアイコニア・ホスピタリティがリブランディングとリニューアルを進めています。その施策の一つとして「キッズパークをつくりたい」というご相談をいただきました。最初のオーダーは本当にシンプルで、「ホテルの集客につながる、楽しそうなキッズパークができないか」というところから始まりました。

──その段階では、要件が細かく固まっていたわけではないんですね。

永川:はい。だからこそ、まず「何のためにこのキッズパークをつくるのか」を、現場の支配人の方やエリアマネージャーの方も含めて、かなり丁寧にディスカッションしました。一般的なホテルのキッズスペースだと「子どもを遊ばせておける場所」という位置づけになりがちですが、それだけにしたくない、という思いが私の中にはありました。先方としても「他と同じではないものをつくりたい」という気持ちがあったと思います。

──体験設計の方向性はどう定まっていったのでしょう。

永川:キーになったのが、「阿蘇に来ても、お目当ての場所に“行って終わり”になりやすい」という課題感でした。それならば、ホテルの中でまず阿蘇のことを知ってもらい、好きになってもらう。そこを起点に、周辺のアクティビティや施設にも自然に足が向く。ホテルを拠点にして阿蘇全体を楽しめるようにする。この考え方を軸に置いて体験を組み立てていきました。

キッズパークを集客装置として捉えるだけだと、どうしても短期的な発想になりがちです。そうではなくて、体験を通じて地域への関心を育み、行動につながる導線をつくる。結果として、滞在価値や再訪のきっかけにもなる。そういう体験設計を目指しました。



生物多様性をテーマに、ホテルから地域に広がる体験をつくる

──ASONIWAを「阿蘇を知り、好きになってもらう拠点」として設計したというお話がありました。実際に体験をつくる上で、特に工夫した点はどんなところですか。

永川:大きく3つあります。1つ目が、空間そのものの設計。2つ目が、阿蘇の魅力をどう「学びの体験」に“翻訳”するか。3つ目が、ホテルの中で完結させず地域へつなげる設計です。

まず1つ目の「空間そのものの設計」については、阿蘇を象徴する要素を考えたとき、いちばん分かりやすく魅力的なのが草原だと思いました。草千里に代表されるように、阿蘇は草原が特徴的ですし、最近は「生物多様性ホットスポット」とも言われています。その豊かさを支えているのも草原で、しかも野焼きのように、人の営みと自然が共創して維持されている。そこで、空間のテーマを「草原」にして、芝生が広がるような場をつくっています。加えて、中央にはカルデラを想起させる遊具を置くなど、阿蘇の地形的な特徴も取り入れています。

2つ目のポイントは、阿蘇の魅力をただ紹介するのではなく、子どもたちが「自分で発見できる体験」に“翻訳”することです。その中心にあるのがASO PHONEで、親機でミッションを受け取り、子機の遊びを通じてキーワードにたどり着き、最後に親機に戻って解説を受け取る。この往復の構造自体が、みずから空間を回遊しながら学びに出合う設計になっています。

──ASO PHONEの中で扱うテーマは、どのように決めていったんですか。

永川:最初に阿蘇の魅力である「生物多様性」という大きなテーマを置きました。そこから、あか牛、星空、カルデラ、野焼き……といった個別のキーワードを設計しています。例えばあか牛で言うと、単に阿蘇名物でおいしいだけではなく、あか牛が草原の草を食べることで草が伸びすぎず、草原を長く維持できるという側面がある。そういう「つながり」が見えてくるように、キーワードを選びました。

阿蘇は、人と生き物の関係性の中で草原が守られてきた土地だと思っています。そのため、「野焼きって実はどういう営みなのか」とか、「あか牛が草原にどう関わっているのか」とか、その裏側が見えるようにしたかったんです。

3つ目の「地域へつなげる設計」については、先ほど述べたようにホテルの中の体験で完結させず、地域へ橋渡しするところまでを設計しました。ミッションを終えた後で手に入るレシートには、キーワードの解説だけでなく、関連する施設や活動、団体につながる情報も載せています。つまり、「知った」だけで終わらず、「行ってみる」「関わってみる」につなげる。ASONIWAを起点に、周辺の名所や連携先が面としてつながっていく状態を目指しました。

──ここまで聞いていると、コンテンツ制作、空間設計、クリエイティブまで一体でつくっていますよね。

永川:グラフィックをディレクションして、スペースもつくって、コンテンツもつくる。こうした統合的な体験設計は、これまでのイベント企画・制作でもやってきた延長線上にあります。一方で今回、私の中で新しいチャレンジになったのは、場所の「あり方」をこちらから提案して再定義したことです。

最初は「集客につながる楽しそうなキッズパーク」というオーダーでしたが、そこを「阿蘇を好きになり、地域を巡る拠点」に切り替えました。それによって、ホテルにとっては、滞在価値が上がり、リピーターが増える。来訪者にとっては、旅先に「第2の故郷」ができる。阿蘇という地域にとっても、関係人口が増えるという意味でプラスになる。そのような「三方よし」の環境づくりを目指すことができたと思います。

ASONIWA


──子ども向けのスペースとして意識したこともお聞かせください。

永川:私は空間プロデュースのかたわら、イベント業界の環境サステナビリティ推進活動も行っているのですが、子ども向けのイベント・スペースをつくる仕事が続く中で、環境のサステナビリティだけでなく、社会として持続していくために「次の世代に何を手渡すか」はすごく意識するようになりました。ASONIWAが、その入り口として機能してほしい。遊びの中で、自然や地域の営みを知るきっかけが生まれる場所にできたらいいなと思っていて、だからこそ生物多様性という大きなテーマを掲げた、というところがあります。

──オープン後の反響について教えてください。

永川:まずは「しっかり使われている」という点が一番分かりやすい反響です。ホテル滞在中に何度も訪れる子どもさんもいらっしゃるようで、キッズパークとしての基本的な役割は果たせているのかなと思います。

もう一つは、レシートの発行数ですね。どこまで体験の意図が伝わっているかはまだ見えづらいところもあるんですが、発行数としてはかなりの枚数が出ています。少なくとも「阿蘇ってこういう場所なんだ」と知る入り口にはなっているのかな、と。もし機会があれば、利用状況や利用者インタビューも行ってみたいと考えています。

──「サステナビリティ」や「生物多様性」というテーマへの反応はいかがでしょう。

永川:日本の方だけでなく、海外の方にも使っていただいていると聞いています。特に海外では、いわゆるサステナブルツーリズムのように、自然を感じることを目的に旅をする方も多いので、インバウンドの方々にとっても一つの体験価値になっているのかもしれません。

体験自体も日英対応していて、ASO PHONEの表示や音声、レシートの文章は英語に切り替えられるようにしています。そういう意味でも、国籍を問わず楽しめる形にはできたと思います。

 


──今後、ASO PHONEをさらに拡張していく構想はありますか。

永川:コンテンツについては、運営側で自由に変えられるような仕組みにしています。キーワードも後から差し替えられるので、「今後こういうテーマを入れたい」「この施設を紹介したい」といった方針に合わせて内容をアップデートできます。そういう「余地」を意識して残しているので、これからどう進化していくのか、私自身も楽しみにしています。



経済的価値と社会的価値を両立させる体験づくり

──今回の事例を経てあらためて感じる、電通ライブが提供可能な「場づくり・体験づくり」の価値を教えてください。

永川:今回の事例で特徴的なのは、「経済的価値」と「社会的価値」を最初から両立させる前提で設計したこです。商業施設やホテルの施策は、まず大前提として「たくさんのお客さまに来ていただく」という意味で、経済的価値を生み出す必要があります。キッズパークも、集客や売り上げに貢献しないと成立しません。そこは外せない前提です。

一方で今回は、そのような経済性だけではなく、テーマ設定や地域連携を通じて、社会的価値も同時に生み出す仕掛けを組み込むことができました。「人が集まる」「売り上げにつながる」ことに加えて、「学びがある」「地域に波及する」。この両輪を最初から設計したことが、私たちが提供できた大きな価値だと思っています。

──確かに、いわゆる従来型のキッズパークとは、考え方の起点が違う印象でした。

永川:誤解を恐れずに言うと、私は最初から「子どもの遊び場をつくろう」と思っていたわけではないんですよね。「キッズパークをつくってください」と言われたら、普通はキッズパークの事例をたくさんインプットして、そこからアイデアを広げて設計していくと思うんです。でも私の場合はそこではなくて、一度原点に立ち返り、ホテル側の課題や地域性を含めて考えた上で、キッズパークの企画に着地させるという順番でした。

だからこそ、子どもだけではなく大人のことも見据えた設計になっています。子どもが主体的に遊ぶ場所ではありますが、保護者は必ず一緒にそこにいますよね。保護者が「ここで遊ばせたい」と納得できるかどうかは、実はかなり重要です。ただ楽しく遊べるだけではなく、そこに学びがあるとか、体験として意味があるとか。保護者の納得感をつくることも、「また来たい」と思ってもらう上では欠かせない要素の一つです。

──その納得感が、結果として顧客満足度やLTV向上につながっていく、ということですね。

永川:そうですね。普通のキッズパークだと、来た瞬間に「消費される」というか、体験がその場で完結してしまいやすい。そこを目指したいとは、私はあまり思えなかったんです。だったら、どうすれば「何度でも来たくなる」状態をつくれるか。再訪の理由が生まれるような設計にする。そのために、阿蘇を知る・好きになる、地域へ広がる、といった体験の構造を組み立てていったのです。再訪の理由をつくることで、LTVが向上するというホテルの事業にも寄与することも意識しました。

──最後に、電通ライブの提供価値をひと言でまとめると、どう表現できますか?

永川:私は「課題起点でアウトプットを変えられること」だと思っています。私たちはイベント・スペースの会社ではありますが、課題を解くために何が最適かを考えたとき、アウトプットはキッズパークでもいいし、例えばワークショップを継続的に回して場を育てる形でもいい。やり方はいくらでも選べるはずです。

クライアントの課題、そして場合によっては社会的な課題に対して、つくるものがどう貢献できるか。そこを一番大事にして、手段に縛られずに設計する。今後も、そういう仕事をしていきたいと思っています。

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著者

永川 裕樹

永川 裕樹

株式会社電通ライブ

経営推進局 ネクストビジネス開発部

電通テックを経て、2018年電通ライブへ。空間プロデューサーとして常設施設から国際催事まで幅広く手掛ける。箱づくりにとどまらず、社会課題を「遊び」で解決する体験設計が強み。社会課題とビジネスが心地よくつながる、サステナブルで新しい空間の形を追求し、社会へ実装している。一級建築士・宅地建物取引士。

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