——「そうだ京都、行こう。」もそうですが、普通、デスティネーションキャンペーンって、目的地の雰囲気を伝えようとすることが多いと思います。そうではなく、鉄道そのものの姿を表現しようとした、ということですね。
八木:震災当時、どこの企業も「がんばろう東北」というような空気がありましたが、復興が進む中で、伝えられる情報が増えてきて、その結果、表現が変化してきた、ということもあると思います。東北へ行くきっかけは一つではないはずです。食べ物や綺麗な景色は一つの理由ですが、鉄道に乗って旅すること自体も魅力的ではないでしょうか。今回のように乗り物に焦点を当て、こんなに素敵だとアピールしてみたりもすることで、常に新しいイメージを届けられるのではないかと思っています。
でも、「行くぜ、東北。」の中心にあるマインドのようなものは、基本的には変わっていないですね。その活動を通じて、だんだんファンがついてきて、毎年季節ごとの風景としてキャンペーンを心待ちにしてくれているんだろうな、という空気が伝わってきます。だから裏切れないのですが、半面、だからこそ「裏切り」というか、意表を突く表現にしていかなければいけない、気負いも少しありますね。みんなの間で「行くぜ、東北。」が定着してきているので、それをうまく利用するようなコミュニケーションを考えるようにしています。今回、鉄道の車両をメインのビジュアルに据えたのも、「まさか『行くぜ、東北。』でそんなことをやらないだろう」というところで逆に意表を突く狙いがあります。そのほうがドキドキするというか。
クライアントからの課題に自分の妄想を組み合わせるパズル
——八木さんがデザインをする上で、最終的な形にたどり着く、その過程について少しうかがいたいのですが。
八木:僕らデザイナーは、普段、感覚的に考えてるって思われがちですが、実はちゃんとマーケティングから発想を始めることも多いです。そこからデザインを導き出す過程で、温めていたアイデアがマーケティングからの発想にうまくはまらないか、ということを考えます。世の中をびっくりさせたい、というのは常に思っていて、こういうのがあったら世の中の人が感動するんじゃないかとか、新しい価値が生まれるんじゃないかとか、そういう妄想が普段からいっぱいあるんですね。それは仕事とは関係なく、そういう引き出しをたくさん持っている。そしてクライアントから課題をいただいたときに、その周辺のリサーチ、思考を深めるのとは別に、自分の引き出しから妄想をひっぱってきて、この課題に対してきっと適切にワークするんじゃないか、と当てはめていく。そういうパズルをしている感覚ですね。
そのパズルの組み合わせが、きっと「デザイン」なんだと思います。それは奇跡の発明というか。その発明は偶然の場合が多くて、きっと順序だてて考えていくと「発明」は生まれないんじゃないか、と思うんですが。偶然の出合いや気づき、妄想や飛躍が加わって、それで初めて新しいものが生まれてくるような気がします。
——最終的に「これだな」という感覚やアイデアに行きつくためには、どのようなプロセスがあるんでしょうか。
八木:それはデザイナーにとって一番幸福な時間ですね。デザインが完成しても、実はまだ世に出せないっていう感覚は残っているんです。それは論理的に筋が通っているとか、通っていないとかいうことなんですが。たとえ表現として完成していても、クライアントの大義名分や課題に照らしたときに、何かしっくりこない、とか、何かが欠けている、というような感覚があって、そこでうなっているときに、一つの「言葉」が見つかることで、一本筋が通るっていうことがよくあります。説明するのは少し難しいんですが、それはクライアントや世の中にとっての「必然性」のようなことですね。「必然性を証明する言葉」が見つかることで折り合いがつく、説明がつく、感覚がようやく生まれる、という感じです。
僕らアートディレクターはデザインだけやっているわけではなく、意外とデザインを存在させる、それを定義する言葉を探しているんですね。そこにかなりの労力を割いていると思います。そのひと言が見つかることで、全てが解決するような気持ちになれる。
「今、この時代になぜこれをやらなければならないのか」「今の世界になぜこの表現が必要なのか」を定義づけるための言葉があって、その言葉と一緒にビジュアルを見たときに成立する表現であれば、僕の中では「これで大丈夫」という感覚が生まれます。アートとかクラフトとか妄想とかをアーティストはつくっているわけですけど、それらとマーケティングの思想や企業経営の理念をつなげている仲介役が僕らといえるかもしれません。ビジネスや経営をアート化するというか、人々がそれに触れるように、見えるようにする役割ともいえると思います。
〔 後編へつづく 〕
※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。