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南米の焼肉料理「アサード」


ことし6月、日本国内では長年お目にかかれなかった、南米アルゼンチン産の牛肉が輸入解禁となりました。広大な草原地帯パンパで育った肉質は折り紙つき。脂肪が少なく栄養豊かなその赤身肉は、かつて離乳食にも使われたそうです。

もちろん、それを楽しむなら「アサード」が最高。もともとは牛一頭を2時間くらいかけてトロ火で焼いたそうですが、最近はグッと洗練されたBBQに進化して、都内でも味わえます。豪快に頬ばって、同じく名産の赤ワインと合わせれば、鼻歌が止まりません。

ボカ1

そんな国の、昔話。

首都ブエノスアイレスのボカは、歴史的に多くの欧州移民が集まる港町としてにぎわっていました。そして17世紀、ここで生まれた音楽が「アルゼンチン・タンゴ」。当初は下品だと蔑まれたのですが、パリの社交界から世界に広まり、ボカは「タンゴ発祥の地である」誇りを胸に、陽気で人懐っこい土地柄を育みました。

ボカ2

しかし、第1次世界大戦で空気が変わります。この町で暮らす移民同士が、ヨーロッパにある自分の「祖国」が勝ったとか、負けたとか、そんなことでお互いにギスギスと感情をこじらせていったのです。

その雰囲気に眉をひそめたのが、ボカで生まれ育った画家、キンケラ・マルチン でした。彼はブエノスアイレス、というよりアルゼンチン発祥の地ともいえるこの場所に、「ボカ共和国」という架空の国家を建設することで人々の郷土愛を刺激し、この地域を元気にしようとしたのです。

共和国建設に先立ち、すべての社会的偏見を捨てること、常に笑いとおおらかさを忘れないことなどを「憲法」に定めました。そして彼は私財をなげうって小学校や病院、公園などを建設し、タンゴの題材になったカミニート(小道)の家々を赤、黄、青などカラフルに塗り直しました。この街並みは今でも観光客が集まる名所になっています。

家

もちろんそういった箱ものだけでなく、彼はそこにいる人々を大切にしました。陽気な馬車屋のモリナ氏に大統領の白羽の矢を立て、土地っ子で組閣を進めました。閣僚会議と称してはドンチャンのバカ騒ぎをして人々の交流を図りました。そうやってボカらしい、陽気さやユーモラスな気質を取り戻していったのです。

ねじくぎ

極めつけは、勲章制度でしょう。世俗がありがたがるこのシステムをパロディーにして、「真面目な人間に囲まれて壊れた頭の中から『異常人間の気質が失われないように』、ねじ釘で頭を締めなおすように」ということで、単なる「ねじ釘」を、大真面目に、大げさに贈呈するお遊びをしたのでした。

この風刺精神は国境を越えて話題を呼び、あのチャップリンも叙勲者に名を連ねています。いつの時代も「その手があったか!」というアイデアを、「そんなことまで」というレベルまで徹底すれば、多くのひとの心を動かすことができるのですね。

ところでなぜか60年ほど前、この「ねじ釘勲章」をぼくの祖父が頂戴したようです。彼がユニークな人柄だったというよりも、たぶん当時たまたま親交のあったキンケラ画伯たちから友情の印として贈られたのでしょう。

祖父の叙勲
叙勲される祖父
 
ねじ釘
我が家にあった「ねじ釘」
美術館
キンケラ・マルチン美術館

今回ご縁があって、そのねじ釘勲章をボカにあるキンケラ・マルチン美術館に寄贈することができました。

このステキな機会を与えてくださったベロー駐日大使、バビーノ公使、アルゼンチン大使館柏倉さん、そしてキンケラ・マルチン美術館フェルナンデス館長ほか皆さまの大きな大きな愛情については、また次回。


どうぞ、召し上がれ!

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著者

山田 壮夫

山田 壮夫

株式会社 電通

明治学院大学 非常勤講師(経営学) 「コンセプトの品質管理」という技術を核として、広告キャンペーンやテレビ番組製作はもちろん、新規商品・事業の開発から既存事業や組織の活性化といった経営課題に至るまで、クライアントに「棲み込む」独自のスタイルで対応している。コンサルティングサービス「Indwelling Creators」主宰。2009年カンヌ国際広告祭(メディア部門)審査員等。受賞多数。著書「〈アイデア〉の教科書 電通式ぐるぐる思考」、「コンセプトのつくり方 たとえば商品開発にも役立つ電通の発想法」(ともに朝日新聞出版)は海外(英語・タイ語・前者は韓国語も)で翻訳・出版 されている。

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