がんは、日本人の2人に1人が罹患(りかん)する 「身近」な病気です。治療や予防などの情報も数多く発信されるようになってきたものの、いまだ残る偏見のために当事者に対する理解が進んでいかない領域でもあります。
「LAVENDER RING 」は、NPO法人キャンサーネットジャパン(CNJ)、資生堂、電通の社内有志が共同で運営する、がんを経験しながら生きる「がんサバイバー」のためのプロジェクトです。
今回は、子宮頸(けい)がんの予防の啓発というテーマに、LAENDER RINGと港区が高校生に対して、クリエイティブのアイディエーションという切り口で取り組んできたプロジェクト「高校生アイデアフェス」を紹介します。
立ち上げから運営に携わった、電通 第4クリエイティブプランニング局の滝嶋世理氏、サステナビリティコンサルティング室の福田恭子氏と、港区みなと保健所健康推進課 北野澤昴氏に、プロジェクトの経緯や得られた気づき、今後の展望などを語っていただきました。
「 高校生アイデアフェス #仲間と一緒に考える子宮頸がん 」とは? 高校生がチームで参加し、子宮頸がんの予防・検診啓発につなげるステッカーなどのアイデアを考案・発表するプロジェクト。LAVENDER RINGと港区が共催している。2025年11月に4回目を開催し、事前のインプットセッションから約1カ月の準備期間を経て11月9日にプレゼンテーション(アイデア発表)を実施。7校、18人(7チーム)の高校生、5人の審査員、8人のメンターが参加した。
情報の格差を実感したことが、プロジェクトの出発点 ――まずは「高校生アイデアフェス」の開催にいたった経緯について教えてください。
滝嶋:個人的な話になりますが、35歳の時に、子宮頸がんの異形成が見つかりました。子宮頸がんという言葉は知っていましたが、ニュースで芸能人の方が罹患したことでなんとなく覚えていた、というくらい他人事でした。どの種類のHPV(ヒトパピローマウイルス)に感染しているかを医療機関で調べたところ、子宮頸がんに罹患する可能性が高いHPVの型に感染していたため、2~3カ月に1回検査のため通院することになりました。その時に担当の医師から、HPVの感染を予防できるワクチンがあると聞き、その存在を知らなかったことや、検診を受けていればよかったなど後悔することが多く、もしワクチンを打てる年齢に戻れたら、その頃の自分に教えたいと思いました。 こうした自分の経験がきっかけで、若い世代がもっと子宮頸がんについて知る必要性を感じこのプロジェクトを企画しました。
福田:私は27歳の時に異形成が発覚しました。精密検査で滝嶋さんと同じくハイリスク型の一種に罹患していることがわかり、定期通院することになりました。その頃に、同じ部署だった少し年上の先輩は、親に勧められ、約10万円を自費(※1)で払いワクチンを打ったと聞いて情報の格差を感じました。その後、滝嶋さんに誘われて、運営側で参加することになりました。
※1=HPVワクチンが公費(無料)で受けられる「予防接種」になったのは2013年4月から。現在は小学校6年生~高校1年生相当(12~16歳)の女子は、自治体の定期接種として無料で受けられる。ワクチンの種類や接種開始年齢により異なるが、基本は2〜3回の接種が必要。
――なぜ、港区との共催となったのでしょうか?
滝嶋:「越境ワーカー」という港区の企業が集まるプロジェクトがあります。そこで区の企業連携の担当者とお会いしたことがきっかけで、2019年に「LAVENDER RING DAY 」や「ポスター展」などを共催で実施しました。こうした協力関係があったことに加え、この企画が高校生を対象にした公的なプロジェクトであることを考え、港区さんにお声がけしました。
北野澤:港区でも、子宮頸がん検診とHPVワクチン接種を進めています。検診は20歳からですが健康に関心が低い20~30代の若年層は他の世代に比べて受診率が低いという課題があります。こうした背景には、滝嶋さんと福田さんお二人がまさにそうだったように情報が届いていないという理由もあり、正確な情報発信だけではなく、伝え方を工夫する必要がありました。 そこで「LAVENDER RING DAY」などのイベントでご一緒した、LAVENDER RINGと一緒に取り組み、そのコミュニケーションの手法を学びながら進めていこうという方向になりました。 また2022年からHPVワクチンの積極的勧奨の差し控え(※2)が解除されたことも追い風となりました。さらに国の政策の一つに2024年度から始まった「健康日本21(第三次)」計画があり、そこには、ある年代の健康状態は、その前の年代の生活習慣から作られていくという“ライフコースアプローチ”の考え方が打ち出されています。港区としてもこの考え方にのっとり、検診スタート前の世代の子どもたちから健康教育をしていく、という方向性を打ち出しています。
※2= 2013年に副反応の報告を受け、国はHPVワクチンの積極的勧奨を一時停止していたが、安全性が再確認され、2022年から積極的勧奨が再開された。
港区の高校生だけでなく、国内外から参加する学生も!――2021年からこれまで4回開催されてきましたが、どのような学生たちが参加されているのでしょうか?
滝嶋:第1回は2021年でコロナ禍の時でした。ワクチン勧奨の再開前だったのですが、自分の体や健康を守るためには知識を持つべきだという意識がある高校生たちが参加してくれました。 オンラインでの開催でしたが、港区だけではなく、国内は北海道、和歌山など、国外ではシンガポールから参加してくれた学生もいましたね。コロナ禍だったからこそ、オンラインで別の学校の人たちをチーミングするなど、社会を別の視点で見ることができたと思います。
福田:2022年の第2回もコロナ禍の影響があり、リアルにするかオンラインにするか悩みました。
滝嶋:オンラインはさまざまな地域や国の高校生と自由にチームを組めるといった点では良かったのですが、リアルでの人と人とのやり取りの良さもあるのでは、ということと、子宮頸がんというテーマなので、自分のパーソナルなことを話す機会もあると思い、第2回はリアルを選択しました。港区で施設をご用意いただき、審査員の先生もその場に出席していただきました。各チームのプレゼンの後に、直接コミュニケーションが取れることも良かったと思います。 2024年の第3回は、コロナ禍が収束し高校生たちが想像以上に忙しくなったこともあり、プレゼンテーションはリアルにしたものの、オリエンテーションはハイブリッドに。その時々の状況に応じて、実施スタイルは変えています。
――学生はどのように募集したのでしょうか?
福田:港区に区内の高校を中心にお声がけをしてもらいました。
北野澤:最初は区から学校にお願いするものの中の一つとしてご案内をしていましたが、なかなか申し込みが増えなかったので、個別アプローチに切り替え、窓口になる先生に電話で連絡をし、出向いて直接説明をし、先生から高校生に説明してもらいました。
開催を重ねるごとに、高校生のアウトプットが進化 ――プレゼンテーションのアウトプットについて質問です。第1回、第2回は、特に制約は設けず自由に取り組んでもらったとのことですが、第3回からはアイデアの表現方法がステッカーに統一となりましたね。高校生のアウトプットはどのように変わっていきましたか?
滝嶋:第1回は、ワクチン接種の再勧奨前だったという社会の動きも関係していると思いますが、インプットした情報そのものを、どういうアイデアにするかがメインになっていました。ターゲットへのコンタクトポイントについて工夫をしたチームが多かったです。 第2回は、テーマを一連のキャンペーンとして捉え、ストーリーを考えるようになっていきました。第3回はワクチンの再勧奨が始まったタイミングだったことと、情報も増え高校生たちもある程度知識を得ていたということもあって、アイデアの「質」が変わってきた印象でした。キャラクターを作ろうとか、高校生で今こういうのがはやっているという要素が入ってきました。課題をいったん、自分ごと化できるチームが増えてきたように感じました。 第4回もキャラクターなどの表現の工夫に加えて、情報が増えているからこそ、オリエンテーションの内容をそぎ落として考えるチームもありました。たとえば9種類のHPV型に対応している9価のHPVワクチンは年齢によって2回、または3回の接種が必要なのですが、その中で“15歳以下は2回の接種”という部分に着目してアプローチするなど、自分たちで情報の捉え直しをしているチームも出てきました。
第4回に参加したチーム6(左) 、チーム5(右)のプレゼンの様子。 福田:第3回、第4回は、ステッカーというお題にしたから、考える要素も絞ることができ、より自分たちの色を出していこうという傾向になったと思います。
北野澤:参加している高校生たちの意識が高く、短い期間で意欲的に取り組んでいただいた、という印象があります。
プレゼン終了後、参加した高校生が語ったアイデアのポイントや感想など。
実際に、高校生が制作した作品。 第4回では、「もっとも優れたアイデア」に選ばれたチームに資生堂ジャパンから洗顔料を、参加者全員に子宮頸がん予防啓発プロジェクト「HelloSmile」からオリジナルグッズがプレゼントされた。 ――「高校生アイデアフェス」では、電通のアートディレクターやコピーライターなど第一線で活躍するクリエイターがメンターとなって、各チームのアイデアづくりをサポートしてくれるのも大きな特徴ですね。
滝嶋:そうですね。プロの視点でアイデアや進め方の方向性にアドバイスしてくれるので、高校生にとっても貴重な時間になっていると思います。第3回からはメンターと学生が直接連絡を取れるように体制を整えたこともあり、メンタリングの自由度が増したと思います。 じつは興味深いことに学生だけでなくメンターにも変化があり、メンターとして参加したことで、子宮頸がんやHPVワクチンについてあまり知らなかったことに気がついたり、高校生の考えやAIの使い方に影響を受けたりする人もいました。 40代以上の、たとえばこの高校生たちの親世代が学生だった時代は、ワクチンが存在していなかったので、このような機会で知ることができれば、意識が変わっていきます。私はこのプロジェクトに携わったおかげで、医師と相談をして自費でワクチンを接種しに行きました。
「高校生アイデアフェス」を起点に、健康づくりの輪を広げていきたい ――今後、どのような展開を予定されていますか?
滝嶋:このプロジェクトを始めた当初は、子宮頸がんに関する認知が広がり、アイデアフェスがなくても大丈夫、という日が来ることを最終目標にしていました。オーストラリアのように予防やワクチン接種が普及して、10年後くらいには根絶を目指していけるような状態に日本もなったらいいなと。 皆が自分ごと化すると、ワクチンを打つか打たないかも決められますし、検診にもきちんと行くようにもなり、結果として自分を守る手段を増やすことになります。そのチャンスを増やしたいと思います。対象は高校生としながら、関与してくれる大人の知識を増やすことにも注力していきたいです。
福田:「高校生アイデアフェス」の関係人口を増やすことで、その影響が世代や地域を超えて日本全体へ広がることを期待しています。
滝嶋:たとえば「高校生アイデアフェス」の同窓会やコミュニティを作っていき、いつかは学校でも地元でもないサードプレイスのような場所で相談できるようになったらいいなと思います。そこを核にさまざまな団体や組織、医師にもつながっていく、そういった仕組みを作っていけたらと考えています。
北野澤:港区としては、短期的と長期的、2種類の展望があります。「高校生アイデアフェス」では、インプット、グループワークとプレゼンテーションを経て、最終的にステッカーができました。短期的には学生たちがこれを自分のクラスに持ち帰ってその過程を伝えてもらうことを目指したいです。 長期的には「高校生アイデアフェス」の対象者は、数年後に子宮頸がん検診の対象者になっていきますので、将来の受診行動などにどんな影響を与えるのかを検証していきたいですね。「高校生アイデアフェス」で得た知識や経験を生かして健康リーダーとして地域で活躍してもらうことも行政としては狙いたいです。がん予防の啓発活動を行う施設もあるので、滝嶋さんがおっしゃったように同窓会みたいなゆるやかなネットワークづくりなどもやってみたいですね。
滝嶋:このようなことに興味がある人たちは、社会的なことにも興味がある可能性が高いですよね。健康というテーマに少しずつ広げて、がんとは異なる領域も増やしていけたらいいですね。
福田:他人とコミュニケーションをとることは、健康の維持にも役立つと思います。地域でできることはたくさんあるはずですし、その地域に住むとハッピーになれるという場所を作ることができたらいいですね。
北野澤:港区では、乳幼児、成人から高齢者まで全世代の健康増進に取り組んでいます。高齢者の健康支援では、「社会参加が大切」とよく言われます。「高校生アイデアフェス」を4回実施して、今まで課題を感じていた若い世代へのアプローチができたので、今後もその輪が広がっていけるように、参加する人を増やし、次世代の健康を作っていきたいと思います。
■プロジェクトの推進に携わる共催団体からのコメントをご紹介
【Comment 01】 港区 企画経営部企画課 企業連携推進担当 小菅 致弥(ともや)さん これまで行政と企業が協働でプロジェクトを実施する際は、どうしても受発注という関係で実施するケースがほとんどでした。しかし、この「高校生アイデアフェス」は、行政や企業といった垣根を越えて連携することができ、社会課題を一緒に、win-winの関係で解決していこうという理念を体現しています。今後は、健康以外の分野にも広げていこうと思います。
【Comment 02】 NPO法人キャンサーネットジャパン 子宮頸がん啓発担当 多田裕子さん 最近になって、「攻めの予防医療」が重視されるようになりましたが、この「高校生アイデアフェス」はまさに未来で子宮頸がんに罹患する女性を減らすための、予防の知識を広める活動です。たとえば、ワクチン接種をきっかけに、かかりつけの婦人科医を若いうちから持つことができれば、今後の子宮頸がん検診をはじめ、気軽に婦人科に関する相談もできるようになります。 このアイデアフェスから生み出される高校生のさまざまな視点からの斬新なアイデアには周りを巻き込んでいくパワーがあると感じています。アイデアフェスには男子生徒も関心を持って参加していることも、予防意識の広がりに期待ができます。若い男女が自分やパートナーのために子宮頸がんや予防について正しく知っていることが当たり前の社会となるよう願っています。