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電通総研メディアイノベーション研究部は、メディアや情報通信環境の変化、そしてオーディエンス(視聴者)の動向を探ることをミッションとするシンクタンクです。

このたび、IT起業家で情報学研究者のドミニク・チェンさんをアドバイザリーに招いて、10代後半~20代半ばの男女スマホユーザーの「ビジュアルコミュニケーション」をテーマにした調査プロジェクトを実施しました。

当連載ではその結果をひもとき、若年層が写真や動画アプリを通じたビジュアル中心のコミュニケーションへシフトする理由を探ります。

前回までは、よく使われる写真や動画アプリとその使われ方、コミュニケーションのかたちにフォーカスしながら議論してきました。今回は、ビジュアルコミュニケーションの浸透によって私たちの価値観や文化はどう変わっていくのか、より踏み込んだ考察を行います。


【調査概要】
電通総研メディアイノベーション研究部
「ビジュアルコミュニケーションに関するグループインタビュー調査」
■調査対象者
首都圏在住の男女18~25歳(大学生ないし社会人)
N=17(5人×2グループ+7人×1グループ)
■調査方法
グループ単位のインタビュー調査
■調査日時
2015年9月6日(日)

天野、設楽、ドミニク・チェンさん、美和、北原
左から時計回りに天野、設楽、ドミニク・チェンさん、美和、北原
 

ハロウィン、カラーラン…「盛り」と「祭り」の関係性

天野:前回までは写真や動画アプリをスマホで駆使するユーザーたちの間に広がるビジュアルコミュニケーションという新しいコミュニケーション様式に着目し、その概要を追ってきました。アプリの使い分けも描き、いま起きているビジュアルコミュニケーションがこれまで中心的だった文字によるリテラルコミュニケーションとどう違うのか、検討を重ねました。

後半ではそうしたビジュアルコミュニケーションが広がることで、どんな文化的変化がもたらされるのかを議論したいと思います。

北原:最近のイベントでは、ハロウィンやカラーランなどSNSを起点に盛り上がっているものが増えていますね。特にハロウィンは、その経済効果がバレンタインを超えたという試算もあります。こうしたトレンドへのビジュアルコミュニケーションの影響は実は強いのではないでしょうか。

設樂:そこには、ユーザーが普段よりも自分をどうより良く演出するか―どう「盛る」かという視点があります。女性の「盛り」の歴史はプリクラから加工アプリへ、さらに現代は自分を「盛る」こととソーシャルに「盛る」ことを結び付けて考えるべき状況にもなっています。

こうしたイベントの主役である女子とビジュアルコミュニケーションという切り口で見えてくるものはあるでしょうか。

ドミニク:「盛り」とイベント事、つまり「祭り」はかなり相関しますよね。盛らないと祭りにならないですから。

ハロウィンはもともと家族内や近隣コミュニティーから発していることもあり、クローズ、あるいはセミクローズなところでも「盛り」を開示してるかもしれませんが、仮装という盛り方が公共空間で爆発するさまを最も躍動感を失わずにとらえられるのが、ビジュアルコミュニケーションなのかな、と。

ドミニクチェンさん

設樂:非日常の場で普段とは違う自分をどう出すかという変身願望、あとは、いかに自分の生活が充実しているか「リア充」アピールも絡んでそうです。

ドミニク:ハロウィンはそもそもバレンタインとは別種の欲求にジャストミートしていますね。参加できる社会属性がもっと多様ですし、ライフイベントとして分類できるのでFacebookというオフィシャル感のある場でも許容されるし、Instagramみたいな空間ではセクシーなハロウィンのコスプレも、アダルトでかっこいいとか、おしゃれという評価になる。

大人の欲望、家族持ちの欲望、そして平和で草食な女子・男子のお祭りニーズをよりよく統合できている。

天野:確かに、変身願望という「盛り」=ビジュアルの部分と、みんなで楽しみたいという「祭り」=ソーシャルの部分、その二つのニーズが一番良い具合にミックスされたのがハロウィンというイベントですね。

美和:「盛り」に関しては、ユーザーインタビューでも加工アプリをみんなうまく使いこなしている点が印象的でした。撮影アプリと同じぐらい加工アプリがスマホの中にダウンロードされていて、撮って加工して、その後、出し先(アプリ)を選んで出すみたいなフローがある。

ドミニク:自分を表現する情報として盛らないと出せないっていうのは、お化粧しないと外に行けないという感覚と近しい気がしています。逆にアメリカでは大人気のSnapchatは盛るためのものではないので、素が出せないと使いづらいのかなと。

アメリカとかヨーロッパの女子の場合は、女子同士とか親しい男友達とならスッピンが普通というような。今はどうか分からないですけど、僕がアメリカやフランスにいた時には、化粧をする高校生とか大学生とか日本とくらべて圧倒的に少ないですよね。本当に勝負の時にしか化粧はしない。そういう文化的な差異も関係しているかもしれないですね。

ドミニクチェンさん、美和、北原
 

私たちの日常に氾濫する「シミュラークル」とは何か

天野:ビジュアルコミュニケーション時代のコミュニケーションのあり方をいろんな視点から考えてきましたが、ここで一つ導入したいキーワードが「シミュラークル」です。

この言葉は高度消費社会のあり方を思索的に分析したボードリヤールという思想家が流布したタームとしても有名ですが、すごくざっくりいうと「オリジナルなきコピー」ということです。

一般的にコピーとはオリジナルがあって初めて存在するものですが、ビジュアルコミュニケーションが支配的な環境では、どこに起源があるのか分からないままになんとなくみんなが「こういうのあるある」と思ってしまうビジュアルのパターンがコピーされていくことになります。

なんとなくセレブっぽい旅行の写真とか、なんとなくリア充っぽい集合写真とか、休日満喫してます的なオシャレなダイニングや食器の写真とか、はたまた彼氏彼女を直接写さずスタバでデートしているところを写してほのめかしている写真とか…。

誰が始めたのか、はたまたオリジナルがあるのかも分からないが、みんながまねをし始めてしまうシミュラークル的なものが、ビジュアルコミュニケーションを通じて蔓延していく。これが現代のメディア環境を象徴する特徴の一つだと考えています。

設樂:投稿する理由を「自己満」と表現しつつ実は写真を通じて「自己自慢」しているというビジュアルコミュニケーションならではの事例でもありますね。ほめられ意識の重要性がどんどん上がっているのが顕著。写真を上げるにしても、他者視線を常に織り込んでアウトプットしていますね。

調査のグループインタビューでも、カップルでいることがさりげなく伝わるように、おしゃれなカフェで二人分の飲み物を並べて写真を撮るような「ほのめかし系投稿」をよく見るという話で盛り上がりました。

設樂

天野:ビジュアルコミュニケーションとはそもそも憧れを喚起するものであるという視点も、イギリスの小説家で美術評論家のジョン・バージャーが提起しています(『イメージ―視覚とメディア』筑摩書房)。

ビジュアルコミュニケーションにおいても、見える/見えないということだけではなく、見せる/見せないというコードによって高度な深読みが展開されていて、それも人々の憧れを喚起させるシミュラークルの形成に大きく関わっています。

ドミニク:Instagramユーザーの女性と話していると、投稿行為がまず自分のためにという視点で完結していますね。自分のプロフィールページをきれいに、カワイくしたいという「自己満」を、コミュニケーション以前に満たせるがゆえに強い。

かつ閲覧者から写真へのLikeやコメント、フォローが重なり、「自己自慢」も満たされる。Instagramの場合はそんな自分使いとコミュニケーションの二重の構造が気持ちいいところですね。イメージを身にまとえるというか。

天野:Instagramの加工のしやすさを特徴に挙げている人も多くて、誰でも簡単に写真をおしゃれにできるのですが、その特性ゆえにそこで行われるコミュニケーションにも逆説的に縛りがかかるというか。そういうコードをユーザーが内面化して発信すると、どんどんビジュアルがシミュラークル化してくる。

そうしてコードが強まっていくという循環が見えてきたのも非常に興味深いですし、こうしたシミュラークルがますますユーザーの憧れのイメージを刺激していると思います。「こうありたい」とか「こういうことがしたい」というニーズや承認欲求がビジュアルのレベルで定着していったものが、シミュラークルなんだと考えています。

現代の情報拡散のあり方を3タイプに分類して考える

 
情報拡散の3つの型
情報拡散の3つの型

天野:私たちは常に媒介(メディア)を通じて欲望やニーズを促される存在でもあります。振り返れば、20世紀から現代は情報メディアの発達でそうした欲望/ニーズがうまく刺激され引き出されてきた時代であるとも捉え直せます。

テレビや新聞などのマスメディアと私たちは、情報の発信受信の関係に置き換えると「1:N」の関係でした。ある強力な起点から、フラットにオリジナルの情報が拡散されていく―そんな形式をここでは「マス型」と表現してみます。

対して「インフルエンサー型」は、いろいろなコミュニティーの中に存在する情報感度の高いインフルエンサーによってなされるレコメンドで、私たち生活者の欲望/ニーズが喚起される形式を指します。発信者と受信者のボリュームは、「√N:N」。

そしてここまで議論してきた「シミュラークル型」とは、明確な発信者、つまりオリジナルとしての情報の起点や発端があるのかよく分からないが、網状に情報がコピーされ、「こういうのあるある」という共通認識がなんとなく出来上がっていく状態を生み出す点で、発信と受信は「N:N」と表記できます。

私たちは日々のビジュアルコミュニケーションの中で、人々の憧れや欲望/ニーズが反映されたシミュラークルと接触し影響を受けているのではないか? そんな仮説を持っています。

天野

設樂:インフルエンサー型では、感度の高い人からそれ以外のフォロワーへ、図で言えば上から下に情報が降りていくことでトレンドが生まれる。√Nというのは、インフルエンサーが数多く存在することを表現しています。

天野:もう一つ重要なことは、この3つの型は単線的に移行するわけではないということです。私たちは今でもCMを見てモノが欲しくなるというマス型の欲望/ニーズの喚起を体験するし、ブログでモデルの子が使っていた商品を買いたくなるインフルエンサー型の消費も行っている。

そして、シミュラークル型で示したように、みんながパンケーキの写真を上げていて、それを食べに行くとおしゃれになるからパンケーキを食べに行くみたいなこともやるようになった。これらが並行して起こるという意味で、欲望/ニーズの着火点が多様化し高頻度化しています。

ドミニク:Instagramってインフルエンサー型とシミュラークル型がうまく循環しあっているというか、インフルエンサーは必ずしもマスで著名な人たちというわけではなくて、名もなき地方の女子高生だけど大勢にフォローされている人がざらにいます。そういう人たちから新しいミームが生まれて、それをみんながまねして、循環するモデルになっている。

天野:シミュラークル型で重要なのは、それがより体験消費にフォーカスされる点ではないかと感じています。極端な例でいえば、本当に欲しいのは「おしゃれなカフェで飲むコーヒー」ではなく、「おしゃれなカフェでコーヒーを飲んでいる自分がそこにいるという体験」ではないでしょうか。

そうした体験の履歴がビジュアルコミュニケーションを通じてシミュラークルとなり、私たちにそうした体験消費をするよう欲望/ニーズを促してくる。さらにいえば、それは「モノからコトへ」というフレーズや近年注目されているようなエクスペリエンス・マーケティングといった用語で示される高度化する消費社会のステージとも深く関連しているように思います。

 
【動画】ビジュアルコミュニケーション・7つのポイント

 

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著者

ドミニク チェン

ドミニク チェン

1981年、東京生まれ、フランス国籍。博士(学際情報学)。2008年度IPA未踏IT人材発掘・育成事業でスーパークリエータ認定。NPO法人コモンスフィア理事として、新しい著作権の仕組みクリエーティブ・コモンズの普及に努めてきた他、2008年に創業した株式会社ディヴィデュアルでは「いきるためのメディア」をモットーに「リグレト」(ウェブ)や「Picsee」(iPhone)、「シンクル」(iPhone/Android)などさまざまなソフトウエアやアプリの企画・開発を行っている。 2015年度NHK NEWSWEB 第4期ネットナビゲーター。2016年度グッドデザイン賞「情報と技術」フォーカスイシューディレクターを努める。監訳書にマレー・シャナハン著『シンギュラリティ:人工知能から超知能へ』、単著に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』などがある。

美和 晃

美和 晃

株式会社電通

入社以来、電通総研で主に情報通信やデジタル機器・コンテンツ領域の調査研究や官・民のクライアント向け事業ビジョン構築作業とコンサルティングを実施。カメラ、ロボットから電子書籍まで幅広い分野を担当。2012年7月からメディアイノベーション研究部で情報メディア全般に関するプロジェクトに従事。2015年11月から現職。

北原 利行

北原 利行

株式会社電通

情報システム部門、経営計画部門を経て研究開発部門に所属する。2011年から現職。マスメディアやコミュニケーションの研究、メディア企業のコンサルティング、組織人事制度コンサルティング、広告および関連市場・業界動向調査などに従事。「日本の広告費」『情報メディア白書』を担当。『情報イノベーター~共創社会のリーダーたち~』(共著、1999年 講談社)など、著書論文多数。また、地方紙を中心とした新聞社に関わるさまざまな調査、プロジェクトに従事する。

設樂 麻里子

設樂 麻里子

株式会社電通

コミュニケーションプランナーとして、企業やメディアのブランド戦略やイベントプランニングなどの業務に従事。2015年から、電通メディアイノベーションラボの研究員として若者や女性の情報行動・消費インサイトなどを研究。2019年から現職。主に若者、ママ、子どもを対象とした未来予測研究およびソリューション開発を行う。「ママラボ」「電通ギャルラボ」「未来予測支援ラボ」研究員。「ハレ女委員会」共同創設者。著書に『情報メディア白書2016』(共著)。

天野 彬

天野 彬

株式会社電通

東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(M.A.)。SNSのマーケティング活用や若年層のトレンドについての研究開発・コンサルティングを専門とする。最新著書は「新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング(2022年、世界文化社)。その他、「シェアしたがる心理~SNSの情報環境を読み解く7つの視点~」(2017年、宣伝会議)、「SNS変遷史~『いいね!』でつながる社会のゆくえ~」(2019年、イースト新書)。共著は「情報メディア白書」「広告白書」「メディアリテラシー 吟味思考を育む」など多数。経済番組でのコメンテーターや各種講演でのスピーカーなどを数多く務める。明治学院大学非常勤講師(2023年~)。

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